母さん俺は分かったよ

私の母も60を過ぎたころに自己免疫異常系の病気を患い非常に苦しんでいました。
今は効く薬が判明し改善しています。

私が多発性硬化症を患った当時、
バックカントリースノーボードができないなら生きている意味がない、と嘆いていた私に対し、
母は「病気に逆らってはだめ、受け入れなさい」と優しく諭していました。
しかし私は「受け入れる」という表現にずっと納得がいっていませんでした。
(まだ生きている理由はスノーボードやクライミングができなくとも私には愛する妻と猫と家族がいると気づいたからです)

今回再発して入院する前に神社にお参りに行きました。
そこで「妻と猫と家族が健康で一緒にずっと楽しく暮らせるようご助力ください」とお願いをして帰り道で

「ほんとは自分の周りだけじゃぁなくて、みんながずっと楽しく暮らせれば一番いいのに・・でもそんなことは不可能だからせめて自分の周りだけでも・・」

「ん?ずっと楽しく」ってなんだ?
「要は安定した状態を求めているってことか?」

「みんな」ってなんだ?
「別に生き物だけじゃなくて存在するもの全てなんじゃぁないのか?」

と考えていたら突然分かったのです。

以下母に送ったメールの原文ままです。

母さん俺は分かったよ。
病気を受け入れるという表現が納得いってなかったけど、わかった。
病気に対してあがらっても、受け入れても、あきらめても、何しても全部正しい。

爆発から宇宙がうまれて今があって、そのうち存在するものは全てなくなる。
生き物も生きてない物も目指しているのは結局は安定。安定とは詰まるとこ無。
生き物も生きてない物も無までの時間をどう過ごすかが重要。
でもどう過ごしても結局は無に帰すので何しても変わらない。
なので、どう過ごしてもそれは生き物も生きてない物もみんなの自由。
みんな安定しようとする途中の状態は、一方にとって良かったり一方にとって悪かったりする。誰かを殺す殺されるとか。
でもそれは安定に向かう自由な作用なので全体で見たら正しい。
よって病気にどう対しても全部正しい。

俺は残りの時間を、退屈しなさそうだから病気を克服するのに使ってみるよ。

あとで何か別の事を調べていて知りましたが、哲学的に言う積極的・能動的ニヒリズムになったのです。

再発するまではストレスや負荷に気を使いながら生活していたのに結局は9か月程で再発してしまい、「なんだよー」と思っていましたが、
志向が積極的・能動的ニヒリズムになった瞬間から「関係ないね。俺は俺のやりたいペースでやりたい事をやれるだけやるだけだ。」と思うようになりました。

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